2ヶ月近く続いた毎年恒例の謎のお祝いクリスマスも1日過ぎたら一気にお正月に早変わりで本当情緒も余韻も何もなし(冷笑)。季節やイベント物は後日売れ残っていると自分を見ているようで切ない。でも拾われるか最終的に処分してもらえるから良いよなぁ・・・。
ここ数日は多少気持ちが上がることがあっても基本的にはずっと底辺のままです。先に書いたとおり生きていて良かったなんて思ったことほぼない人生だし、正直もう上がることなんかないだろうなと思っています。
今回は自分の過去と現在と未来についてそれぞれ思うことを書いていきます。
自己否定と我慢と後悔の過去
思い返しても物心ついたときから心底楽しかった記憶は本当に少ないんですよね・・・。10代の主な場の家と学校どちらも地獄だったから当然ですが。家は支配力全開の仕事人間の毒父、毒父に服従で愚痴は娘に浪費家で過干渉の毒母、自由奔放だから陰側の気持ちは分かりにくい姉。自分よりに話を聞いてくれる人が身近に居たらもう少し楽だったかもしれないとやはり思ってしまいます。

寿命だけが長くなり最も輝けるのは10・20代のごくわずかのほぼ苦行の人生のうえに、序盤が躓いて しまってはハードモードほぼ確実です。余程後に奇跡とも言える出会いや変化がなければ逆転なんて殆ど不可能かと。
20代以降は10代の延長戦のようなもの。20代からは学校とはまた違う束縛地獄の職場で、10代で成長なしの場合はその後もほぼ成長なしかより低下と言う大きすぎる重し付きで進まなければいけない訳です。ゲームで言うとどうにか上げたとしてもレベル5位まで、低レベルのままクリアしなければいけない感じ。いつまでどこまでどん底に突き落とされてしまうのか。ハードモードは高スペックか特権階級か無神経者に振り分けて欲しい。
だから20代のコミケ参加が楽しかったのは、毒親の介入がなかったこと(二次元は興味なし)、お金とか役に立つとか等の利益や損得勘定関係なくただ純粋に趣味として楽しかったからと改めて思います。

慣れない社会人勤務(パートだけど)の傍らで少部数でも同人誌発行してコミケ参加というハードな生活。当然疲労は半端なかったけどやっぱり無我夢中になれたから楽しかったです。でもこのご時世では残念ですが以前のこれでもかという位の密密密のコミケ開催は厳しいでしょうね・・・あの臨場感は本当直接参加ならではなのに。
1番憎い人との同居の現在
今までこれでもかと言うほど毒父との同居ストレスについて書いてきました。生活音のうるささや無神経ぶりなど嫌いな点は沢山あるけど、それでももし中学高校時代の辛い時に親身に接してくれたらここまで憎まなかったかもしれません。
クラス中で総攻撃かけられるのは、半端なくトラウマになります。強力に人間不信になるには十分なくらいです。

人間社会で人間が怖くなってしまうから最大級の枷をつけられてしまうということですからね。何をするにも顔色を伺い自分の行動や感情に制限がかかり、周りにあわせようとするほど無理が生じてどんどん壊れてきます。そもそも不確実な人間関係に1番力を使ってしまった時点で詰みほぼ確定です。
本人は軽い気持ちや良かれと思って言ったのか、すぐ忘れてしまうので問題ないですが、言われた方は一生の心の傷で忘れることはありません。

悪いことに日本は特に精神のように見えない攻撃にはほぼ無罪です。それどころか被害者の方が責められることも多いから基本泣き寝入りするしかありません。毒父を見る度に当時の言葉を思い出してしまうから二重にも三重にも休みなく苦痛がのしかかります。
今より悪化確定の未来
まだ来年になれば何かしら状況が良くなる、希望が持てることがあれば救いはあるけど見事に悪化確実のことしかないです。
毒父の仕事の契約は流石に来年2月で終了だろうし(出来れば伸びて欲しいけど)、運転免許も来年に返納だろうから、仕事人間の毒父が仕事なし車なしに耐えられる訳がないので、ストレスのはけ口が私でしょう。
他にはお金をどうするのかが全く分からない。以前まだ私が勤務している時に聞いた時ですら、「俺は仕事するのはこの職場で最後でもう働かない、老い先身近いから別にもう働かなくて良い」とかツッコミどころ満載のことを言い放ったくらいだし。

その上で「俺のことは心配せずお前は自分の事だけ考えろ」とかかっこいいこと言ったこともあるけど、毒父の言うことは基本的に虚言妄想ですからね。本人はスッキリいけしゃぁしゃぁ、言われた方ばかりにずっと言われた毒が染みついたままで腹が立つ。
勤務分のお金がなくなる分は毒父の年金から少額ずつ貯金していたところから出さざるをえません。もし貯金通帳を見せて自分が思ったより少なかったら私が責められるでしょう。本来毒父が自分でやるべきお金の管理を代わりにやっておいたあげくに責められる理不尽さ。
どういう展開でも私が責められ嫌で辛い思いをすることはほぼ確定なんですよね・・・。せめて毒父の仕事の契約が伸びればなぁ・・・。それか毒父と私どちらかが来年余命つきるとかだったら元気出るけど。余命確定ではない不調ばかりな点も生殺しで鬱促進な原因です。
毒父の仕事終了と同時に自分は自分の姉のところに行くからお前は好きにしろとか言われた方がある意味ましなんですよねぇ・・・。どっちにしろお金がないならせめて毒父と別れたい。と言うか静かに穏やかに暮らしたいだけなんだけど。生まれてから1度も離れたことがないって改めて恐怖でしかないです。しかも毒父の性格の悪化に比例して接する時間も増えるから救いがない。

同じ苦痛でも拠り所があるかないかで全然違う
結局長い時間止まったまま動けないのは、過去現在未来どれも拠り所というか糧がないからでしょうね。前向き!上昇!のようなキラキラな感じが強くなくていい、とりあえず淡々と生きる位で十分なんだけどそれすら気力出てこない。
同じ苦境でも以前は自分なりに(非正規でも)仕事をして毒親達の生活にも耐えてこられたのは未来への希望が僅かにあったから。希望と言うよりは縋っていた感じですが、仕事に関してはもうほぼ諦めはついていたけど、せめて毒親がもう少し分かってくれるだろうとか、我慢の限界が来たら一人暮らしをすると目標がありました。
でも実際は毒親の横暴理不尽が増す一方、一人暮らしは不動産物件を廻って現実を突きつけられ断念。本当に逃げ出したかったら贅沢言ってないで逃げ出せば良かったのにとダメ出し食らうだろうけど、標準の環境からの一人暮らしと地獄の環境からの脱出の1人暮らしでは気持ちも金銭もエネルギーも全然違います。

表向きはともかく流石に大部分の人が危機感を感じるくらいには日本崩壊の一途だけど(日本なんかどうでも良いけど)、苦境でも立ち上がれる、頑張れるかは過去現在未来のどれか糧があるかどうかが大きいと思います。
例えば過去に楽しかった思い出があるとか、寄り添ってくれる人が居るとか、怒りをエネルギーに変えて未来を何とかしようと思えるとか・・・何にもないから動けないんだよなぁ・・・。もう何をしても無駄ってことを思い知ったから。
まとめ
書いていて切なくも虚しいし同じような内容の記事が多いけど、これが現実だし根底は変わらないから仕方ないです。40年以上を経て過去現在未来どれも拠り所がないのは、いかに無気力にたたき落としてくれることを痛感する日々。
やっぱり我慢し続けたり自分なりに周りに気を遣ったり、頑張ったのに褒められるどころか更に責め苦に落とされるか叱咤されるかのどん底だから、私は今まで何をしてきて今何をしているんだろうと空虚半端ないです。
糧や拠り所がないのは本当にきつい。幾らか楽しいことがあったとしても何万倍もの悪いことが覆い尽くしてしまいますから。
10代は殆ど毒親等周囲に言われるがまま。10代よりは自我がある20代、30代で自分なりに我武者羅にやってきたのは報われたい一心だったんですよね・・・でも報われることはなかったです。
根底が違う人とは絶対に分かり合うことはないと気づくのが遅すぎました。私が権力者やリア充、性善論者の気持ちが分からないと同じく逆もしかり。分かり合えないことが殆どと割り切った上で生きていくべきでしたねぇ・・・。マヌーサとメダパニをかけられ続けて後年に効果が切れても時すでに遅しみたいな感じです。生涯効き目が切れない方がまだましでした。心身ともに生殺しは本当にきつい。