学校も職場も強制参加の行事は自由参加になればいい 

うんざり
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ダイ大の新アニメを見ていて、原作や旧アニメと比べて描写やセリフの細かい変更から、現代の特に土曜アニメの規制と配慮での製作の大変さが伝わります。展開の早さにも驚きですが旧アニメの理不尽な打ち切りのショックは今でも覚えているほどなので、今度こそ終わりまでの完結を目指しているのかなぁと。

 

アニマックスでの旧アニメ(再放送中)も並行して見ていますが、今ではカットされるだろう描写もがっつりなのでまだ鷹揚な風潮だったんだなぁとしみじみ。亡き声優さんも多い中、声優さんや音楽の豪華さを堪能しています。

 

話は代わり姪っ子の修学旅行が中止されました。日時や行先など二転三転していたし、正直今の報道の様子だと行っても気が休まらないだろうから何故そこまで実行したがるのかと思うほどだったので、何が何でも旅行したいと言う先生でもいたのでしょうか。

 

楽しみにしていた子はがっかりだろうけど、修学旅行を含めイベント中止の風潮は正直羨ましいです。今回は修学旅行等の強制参加のイベントについて思うことを書いていきます。

引用元:DarkmoonArt_deによるPixabayからの画像

 

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中高の修学旅行なんて行きたくなかった

修学旅行は数日泊まりの集団行事。普段の学校生活でも苦痛なのに泊まりでなど地獄でしかありませんでした。

中高時代の記事はこちらです。

学校に行きたくないと言って分かってくれる親はごく少数と思う
学校のいじめ問題が取り上げられるたびに加害者側の残酷な仕打ちに怒りを覚えます。実名報道をして同じ目にあわせてやればいいのに。だって自分がされても平気と思っているから相手にしかも複数でしているんでしょう?更に学校や教育委員会の多くが呆れるほど...

 

修学旅行前からの班決め等での微妙な空気や、面倒くさい担当が回ってくるし、失敗しないかどうか笑われないかどうかの心配や不安が占める中、周りは旅行を楽しむ雰囲気の中で一人憂鬱なのも一層辛かったです。

 

旅行先でも皆がワイワイやっている中で基本1人行動でしたからね。グループで談笑しているのを横目に、なんとか加わろうとしたとしても微妙な空気になるのが怖いから1人ぽつんとしていました。

 

高校では青森へスキー合宿だったのですが運動嫌いなのにスキーしなければいけないと言う強制集団行動に加えての苦行。慣れないスキー用具を身につけてそれぞれの班ごとに無様さを披露。人生は滑りまくりですがスキーは滑れませんでした(寒)。旅行先の人目も一応あるのでいじめられると言うよりは孤独感を痛感する旅行でしかなく、楽しいなど中高共に何もない旅行でした。小学校はとりあえずそつなく終えたと思うので中高よりはましだったかなと。

 

 

高校の卒業旅行の遊園地は更に酷かった

修学旅行以上に今でも思い出したくもない行事が高校の卒業旅行です。遊園地のフリースペースでお昼の焼きそばを班ごとに作り食べた後は帰りまで自由行動。お昼は班必須なので入れてもらった感充分の班行動でしたが、その後の自由行動は仲の良い子同士で組むので班決めのルールもない為に、集合時刻まで1人で数時間を潰していました。

 

…はっきり言って地獄ですよ。修学旅行のように観光地なら1人でもまだ景色観察など楽しめることもありますが、遊園地で1人は本当にきつい。大人数で楽しむための施設に居ながら自分は1人で余計に目立つので、自分を知らない子にも変な目で見られますし。わざと聞いているのか本当に分からないのか分かりませんが、クラスの子にはなんで1人なの~と聞かれても適当に受け流すしかなく、20年以上も経ちたった1日なのにあの圧倒的な孤立感は忘れられません。

 

じっとしていたら見回りの先生にも声をかけられてしまうだろうから、園内を1人でふらふら散歩する虚しさ。先生に下手に気にされてグループに入れてあげてとか他の子に声をかけられたくなかったし。入りたいけど気まずく入る位なら一人の方がマシ…。なんとか先生からはかわし旅行を終えることが出来ましたが。

 

自分で納得して割り切って1人と、1人になってしまったのとでは全然違います。大人の今では逆に1人でもいいやといっそベンチで本でも読んでいられたかもしれませんが、当時の学校は青春謳歌!集団生活!の一色ですからね。人が怖いし自分も嫌いな私にはとてもすっぱりと割り切れませんでした。

 

学校で友達をつくることについて思うことを書いた記事はこちらです。

学校さえ卒業すれば友達なんていなくても大丈夫
スマホなどSNSやネットの発達で友達づきあいが以前より大変になっている気がします。私の頃はネットがない時代でしたがそれでも学校では明暗がはっきり分かれました(勿論私は暗の方ですが)

 

 

コロナ禍で強制参加の行事が中止の風潮は正直羨ましい

コロナ禍で軒並みイベント中止を聞くとライブなどのように自由参加のイベントはともかく、学校や会社の強制行事中止は羨ましいです。どんな行事も好きになれたり楽しめたりできるタイプはともかく、行事が苦手な人には(開催側の事情を除けば)もしなんとか開催しても自粛情勢なら不参加しやすいですし、ほっとしている人も多いのではないでしょうか。

 

いっそ行事は強制参加ではなく自由参加にすればいいと思います。学校の修学旅行以外にも体育祭、文化祭、社会見学、会社なら飲み会、運動会、社員旅行等強制してまでやる必要あるのかなと思うのばかり。集団生活の基本を学ぶ為やコミュニケーションをとる為とか色々必要性を言われますが、中止にするのではなく気軽に不参加も出来るようになればいいのではと。正直イベントが嫌いな私にはどれも強制参加してデメリットしか思えないです。参加したい人だけ行けばいいと思います。

 

私の時には学校のあらゆる行事は余程のこと以外は強制参加だし、会社も正社員経験ほぼないので社員旅行はともかく、飲み会の強制参加なんて飲めない人にとっては地獄ですよ。飲む方は全く気を使わないのに何で飲めない人ばかりが気を使わなければいけないのか。

 

会社の飲み会についての記事はこちらです。

苦痛の飲み会はたまには断って気持ちを楽にしていいと思うよ
飲み会は飲めない人にとっては本当に憂鬱なんですよね。こんな文化さっさと廃れればいいのにと思います。 会社によっては強制参加で断りたいけど断れなくて悩んでいる人も多いのではないでしょうか。 参加し続けたけどある日思い切って断った私の体験を記載...

だから自分たちがイベントを楽しむのはともかく、参加や楽しむことを強制する人たちには嫌悪感しかありません。

 

 

まとめ

姪っ子は学校が憂鬱だし自分の検査入院の日程にもぶつかりそうだしで修学旅行中止前の出欠確認で欠席にしていたのですが、皆一緒の中止になってほっとしていると思います。学校行事は皆が楽しい筈で、姪っ子の学校憂鬱さを知らない毒父は中止を聞いて可哀想がっていましたが。

 

コロナ禍の閉塞感はうんざりだけど強制行事の中止に限れば、私の時だったら学校へのトラウマも減ったのにとも思ってしまいます。行きたくない旅行からようやく帰り、親から楽しかった?の問いに楽しかったと言わざるを得ないのもしんどかったですから。

 

強制参加しても結局行事や人付き合い、自分への嫌悪感が増しただけなので、いっそ不参加で後に個人旅行した方が余程マシだったと思います。だから強制行事の必要性が全く分かりません。コロナ禍を機にせめて強制から自由参加への鷹揚さが広まればいいんですがどうでしょうね。新しい生活様式とか言いながら強権発動の圧政でしかないから希望も何もないところが、あ~ぁ…って感じです。

 

因みに卒業後に遊園地は親友や友人、姪っ子家族などと何回か行きましたが色々トラブルもあった為、どれも楽しい思い出にはなりませんでした。やっぱり遊園地のように賑やかで人混み、楽しく遊ぼう!全面のレジャー施設は元々合わないんでしょうね。

遊園地には未練はありませんが旅行への未練はあるし、日本にも外国にも良い景色が沢山あるので折角のネットの利点を生かして旅行動画で気分を味わいたいと思います。

うんざりその他
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