全否定された性格を変えようとしたが無駄だった

うんざり
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3月は卒業の季節ですね。去年は中止も多かったですが、今年は多くの学校で卒業式を行っている頃でしょうか。

 

友達との別れと言う切ないけど友情を確かめあう(改めてもあらゆるイベントがドラマや漫画などの影響が強いと思う)キラキラ輝く青春の雰囲気が強い卒業式ですが、私にとって卒業(式)はようやく苦行の学校が一区切りつく、早く学校を出たいとしか思いませんでした。

 

専門学校でも卒業式は一応ありましたが、やはり大々的なのは高校までかなと(大学へ行っていれば大学でしょうけど)。高校の卒業時のことは殆ど覚えていないけど、通信簿を渡された時の担任の一言は今でもずっと頭の片隅に巣くう一言でした。

 

今回は通信簿や卒業時の担任の一言等を通して、性格改善しようとして徒労に終わったことについて書いていきます。

引用元:Thomas B.によるPixabayからの画像

 

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小学校から高校まで大人しく消極的な性格と評価され続けた

自分の評価が直球に書いてある通信簿(あゆみ等別の名称の所もあるみたいです)は本当に気が重いものです。勉強の評価欄と性格や態度の記入欄があり、勉強欄には細かな項目が多くあり良いものには+、劣るものには-と記入されました。

 

平均は知らないし項目の内容は覚えていませんが、+-の数自体凄く少なかったです。特に評価する所もなかったからでしょうけど、運動神経ゼロだったので全学年で-が必ず体育に多くついていたのは覚えています。成績自体は小学校から高校まで本当に普通でしたね。

 

対して姉は+が沢山あり成績も優秀だったことも憂鬱な原因のひとつでした。出来る姉がいるのは常に比較対象にされるのでとても辛かったです。

 

姉についての記事はこちらです。

はっきりさっぱりの性格で友達沢山、仕事も出来るリア充の姉 
毒親関係の記事は書いてきましたが、プロフィールで簡単に紹介して日常やランチ関係の記事で書いているものの、そういえば姉自身についてはあまり書いていないかなと。 記事からある程度想像できるかもしれませんが、姉は私と真逆で明るい、元...

 

けれど勉強欄以上に憂鬱だったのが性格欄です。小学校から高校までずっと評価は消極的、大人しいからもっと積極的に、活発になりましょうと必ずあるので、見る度に自分が全否定された気持ちに。一応真面目とか責任感があるとかも書いてはあったけど、いかにも取ってつけたような感じだったので、とても褒め言葉には思えませんでした。

 

 

親や先生からも大人しい性格は良くないと否定される

中学時代に毒父からの「それでは苛める気持ちが分かる」発言と同じく辛かったのが「お前さ、大人しいはバカと言う意味なんだぞ」と言われたことです。地獄のような学校生活で何も話せなくなった自分にイラッとして言い放ったんだろうけど、今思うとなんで大人しいがバカとなるのか訳分かりません。

 

クラスや学年が敵のような環境では口数が少なくなって当たり前なのに、なんで怒られた上にバカにされなければいけないのかと。怒りをぶつけられたらまだ良かったんでしょうけど、私はそんなに駄目な子なんだと自己否定が増しただけでした。

 

毒親の他に先生から言われてショックだったことは、高3の学年末に通知表を渡される時に高校卒業と言うことで、通知表を渡される時に皆担任から一言かけられた時のことです。周りが卒業で涙涙か逆に笑顔で盛り上がり嬉しい一言を貰っている中で、私には「輪をかけて大人しい生徒だった」の一言だけでした。

 

高3は今までと比べたら落ち着いた学生活ではあったとはいえ存在感が薄かったことは事実ですが、それでも最後の最後にディスられたとしか思えない一言は、20年以上も経った今でも卒業シーズンを迎える度に胸が疼きます。

 

毒父の大人しい=バカ発言の影響で、バカの中のバカってことか…と、自分はやっぱり駄目なんだと高校生活最後に失敗の烙印を押されたようなものでした。担任にとっては些細なひと言でそのままを言っただけでしょうけど、正直もう少しましな言葉を言ってほしかったです。でも褒められるべきところがなかったんでしょうね。

 

 

専門学校から性格を少しでも変えようとしたけど徒労に終わった

小学校から高校まで余りにも否定されたので、大人しいとか真面目は褒め言葉ではない、このままでは駄目だ、姉のようにならないとと思いました。だから専門学校からはなるべく明るく朗らか素直でいつも笑顔に、嫌なことでも言われたことは出来るだけ引き受けることを心がけることに。いわゆるいい子ちゃんで皆に好かれるような子と言う感じです。

 

専門学校は楽しかったので、全てが演技で無理しきっていたとまでは言いませんが、本来は(良くて大人しい)根っからの陰キャラな自分には、小学校から少なくとも9年間植え付けられた性格を変えながらの生活は正直辛いものでした。

性格以外の能力が高スペックなら態度や性格改善に集中できますが、学習や仕事能力も低スペックな上に態度や雰囲気も変えなければいけないんですから。

 

専門学校時代についての記事はこちらです。

最も生きていたと実感できた専門学校時代
40年以上生きてきて最も充実していた、頑張れた時はいつかなぁと思うのはやはり専門学校時代の18歳から20歳でしょう。(漫画系の方ではなくもう一つの専門学校です)2年で短いし今から20年以上前で古い!ですが。当時は私なりに挑戦心が強く今思うと...

 

学校卒業後の職場でも家でも面倒事や嫌なことでも出来るだけ引き受け、波風を立てないようにと私なりに頑張ってきましたが、結果は都合よく扱われ自分にも無理がきて壊れただけでした。当然ですよね。性格や気質を変えるなんて元々無謀なことほど、少なくとも幼年期位若い頃でないとほぼ不可能ですから。

 

 

親や先生など若い時の身近な存在に自分を肯定してほしかった

40代になった今では他人の評価等気にしてもいい事なし、曖昧で無責任な評価を気にするくらいなら自分が出来ることを優先すると考えられますが、性格を否定され続けた私はとにかくこのままではいけない、変わらなければと強迫観念に囚われて、見事に玉砕してしまいました。

 

もしもとか仮定を言っても仕方ないですが、親や先生、特にやはり親ですね。大人しいのがお前の性格なんだよと肯定してもらえたら、学校生活は上手くいかなくても親には自分を受けいれられた糧と出来て、もう少しは楽に生きられたのかなとどうしても思ってしまいます。

 

中高時代の親の対応についての記事はこちらです。

学校に行きたくないと言って分かってくれる親はごく少数と思う
学校のいじめ問題が取り上げられるたびに加害者側の残酷な仕打ちに怒りを覚えます。実名報道をして同じ目にあわせてやればいいのに。だって自分がされても平気と思っているから相手にしかも複数でしているんでしょう?更に学校や教育委員会の多くが呆れるほど...

 

これだけ多くの人が皆明るく元気活発だったらそれこそ異常な筈だし私自身快活なタイプは苦手ですが、結局は好まれ生きやすいのは陽キャラタイプなんだよなぁと痛感します。それに人格や性格が形成し人生の土台ともなる10代に自分を否定されては、何十年経った後に肯定されたとしても今更遅いしどうにもならないし絶望や後悔が増すだけなんですよね…。

 

いくら頑張っても自分と他人は違うので他人そのままにはなれないこと、苦しいならやはり無理があるのだから見直した方が良いことをせめて誰に言われなくても出来るだけ早く自分で気づけたら良かったのですが、承認欲求の方にばかり力を入れすぎてしまい結局は何も残りませんでした。笑えない笑い話です。

 

 

まとめ

多種多様と綺麗ごとを言っても結局はもてはやされるのは明るく元気、活発等カースト上位タイプの性格で、逆に大人しいや真面目などの多くはマイナスに見られやすいんですよね。性格を変えろと言われても所詮無茶な話だから言われた時点で全否定をされたようなもの。

 

普通の人なら受け入れられた性格を土台に新たに色々挑戦できるのに、土台を否定されては性格改善から新たに取り組まなければいけないので当然差は広がるばかり。スタートが遅くても能力が低くても認められる優しい世界だったら良かったんでしょうけどね、現実は厳しく容赦ないので性格も能力でも疎外感と劣等感が募る一方でした。

 

私なりにもがいたけど良くて都合がいい存在としか扱われず、結局私は何だったんだの想いが占めてしまい、当時を思う度になんて無駄なことをしてしまったんだろうと今でも強烈な虚無感に襲われます。

 

完璧な性格の人なんている訳ないのに何で大人しいとか真面目とか内向的なタイプばかりが否定されやすく、本来の気質を捻じ曲げてまで染まり皆に合わせなければいけないんでしょうね。無理をしたら苦しいに決まっているのに。

 

一般にもてはやされるような明るいとか元気なタイプの人には欠点があったとしてもそれほど深く言われないのに、本当世の中理不尽と思います。天下のタイプが愚痴や相談しても許され認められるのに、非天下タイプは速攻でお説教、糾弾、我慢を強いられるからやってられません(虚)。

 

うんざりその他
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