先日の新聞で40代の女性店主が営業してきた小料理屋が年末に閉店した記事が載っていました。観光や大人数相手の店ではなかったようですが自粛で客数は減り、誰も来ない日に材料や料理を丸ごと捨てる罪悪感、感染者数が増える度に悪人扱いされることに納得がいかないと語られる店主のやりきれない想いには至極当然です。
記者も通っていた店のようで残念だし本当の支援とは…といい感じで書かれていましたが、新聞を始めとするメディアが飲食店や観光業界などを真っ先に徹底的に攻撃しておいて、なに完全に傍観者面しているんだよとツッコミ。記者自身は心底本心かもですが、今回のコロナ禍で余計にマスゴミ自体が大嫌いになったのでひねくれ思考でしかほぼ読めなくなってしまいました。
話は代わり皆様は自分の本名が好きでしょうか?人に生まれた以上必ずつけられる名前は個人の判別にも大きな役割がありますが、私はタイトルどおり幼少から自分の本名が嫌いでした。
今回は本名が嫌いな理由を書いていきます。
引用元:Siggy NowakによるPixabayからの画像
珍しいし言いにくい名字
かなり珍しく県内でも数えるほどの名字なので、当然同じ名字の人と会ったことはありません。更に発音がしづらい名字なので声が小さく滑舌が悪い私には、自己紹介など名字を名乗る機会等がとても嫌でした。
また珍しい名字は印象に残りやすいので、リア充や陽キャタイプなら良いけど運悪く逆タイプなので変に目立ってしまったのも大きな苦痛に。学校では自己紹介や授業などで名字を呼ばれる時等、会社では電話応対等で言いづらく聞き取りづらいので言い直すことが多い為にうんざりでした。
もうひとつ名字が嫌いな大きい理由はある二次元の某キャラと同じ名字であることです。特に暗黒時代だった小学校高学年や中学校では、名字だけで既にからかわれる対象でした。
某キャラと真逆の性格だったことからも散々いじられましたよ…。(でも某キャラと同じ性格でもどっちにしてもいじられるか…子供も大人と同じく残酷ですから)二次元好きな私ですが、悪いのは相手であって作者や作品に罪はないのは分かっていても、当時はどうしてこんな名字のキャラを出したんだとかかなり作品と作者を恨みました。今でもその漫画は読めないし、見かけるだけで当時のことを思いだしてしまうほどです。
小中高時の暗黒記事はこちらです。



だからよくある名字の人が凄く羨ましかったです。よくある名字ならもし二次元などで同じ名字でもからかわれなかっただろうし。でもクラスや職場など他に同じ名字の人と一緒になりやすいので、相手が良い人悪い人どちらでも比べられるのもきついかもしれないですね(とことん悲観的考え)。
因みに毒母の旧姓はよくある名字だったので私は羨ましかったけど、毒母は嫌だったようで珍しい名字の人と結婚したかったらしく私にとっては大迷惑。でも姉は名字どころかリア充学生活だったので、どんな名字だろうが身も蓋もないけど結局は自分の資質なのでしょうかね。
名前の由来は芸能人の名前
小学校で自分の名前の由来を聞いてみましょうと言う宿題があったので毒母に聞いてみたんですよね、今まで聞いた事なかったし興味ありました。けれど返答は、
「当時流行っていた芸能人の名前からつけた」
…結構ショックでした。名前の由来は優しい子に育ちますようにとか親なりの願いが込められていると思うし、逆にそれが呪縛になることもあるだろうけど、私としてはどんな由来かなと期待もあったのに芸能人…。しかも特に好きではなく流行っていた芸能人じゃぁ思い入れも何もなし…。他の適当な理由をつけて発表したことと、他の子の立派な由来を聞き続ける虚しさは半端なかったです。
毒母の性格や生き方についての記事はこちらです。


出産時の毒父についての記事はこちらです。

だから二次元好きな私でも自分の推しキャラの名前をつけたとか思いつきのキラキラネームをつける親には良い印象がありません。裁判を起こして改名しない限り子供にとって一生ものだからこそ真剣に考えてほしいです。
因みに毒母は名前も大嫌いだったとよく言っていました。毒母の年代によくある名前だし教科書の例文にもよく載るような名前だったからだと。自分が嫌な思いをした分子供にはもっと真剣につけてほしかったですが、同じ名前の人とは会った事ない位は珍しいけど奇抜な名前ではなかっただけでも良かったと思うしかないんでしょう。
名字も名前も変えるのは諦めた
名字と名前両方が嫌いだと自分否定のかなり大きい要素ではないかと。だから若い時までせめてどちらかだけでも変えたいと真剣に思っていました。
女性だと名字を変えるシンプルな方法はやはり結婚でしょうね。一時は名字変えを第一に結婚したいと思っていました。ですが不仲な毒親や、自分自身が人と暮らすのに向いていないし責任が持てない、更には結婚後もストレスが溜まりそうだなぁとどう考えても結婚に積極的になれなかったので、結局婚活等は一切しませんでした。

だから中高を卒業し名字でからかわれることが無くなった時には心底ほっとしました。内心は某キャラと同じ名字と思われているだろうけど、表立って指摘されることが無くなっただけでも救いです。内心思うだけなら個人の自由だし、私も二次元や芸能人など同じ名字の人を見たら同じ名字だと思いますから。だけど本人が先に言わない限り声に出して指摘はしません。
名前の場合は裁判で改名を認められた等の話をたまに聞きますが、手間などを考えると基本面倒ですよね。陰キャラの私には名前で呼ばれることも殆どなかったし、その分嫌いな名字で呼ばれることが多いのが苦痛でしたが、同じ嫌いでも名前の方が名字に比べて嫌悪感は少なかったです。
だから本名ではなくPNで仕事が出来る漫画家等や、今だとライターやユーチューバー等ネットメインの仕事のように、本名以外の名前が使える仕事に憧れたし、漫画家を目指したのもPNで仕事できるからと言う理由がありました。残念ながら才能も運もなかったので断念しましたが…。だからブログを書いている今は、じぶんの好きな名前(ブログ主名)で活動できるのが秘かに嬉しいです。
まとめ
親と同じく基本的に生涯で関わりがある本名が嫌いなのは、自己否定まっしぐらでかなり人生のハンデと思います。せめて日常で使うことが多い名字だけでも普通の名字が良かったです。親も本名もハズレなんてどれだけ罰ゲームなんだ…。
だから学校も会社も離れた今は本名を名乗ることが殆どないので、名前に限ってはストレスなしだから過ごしやすいです。
毒母からは毒母自身の本名が嫌いと聞いたけど、毒父には本名に関しては聞いた事ありません。あの自信満々の性格からして気に入っているに決まっていますから。支配欲が強い人は大抵自分の名前含めて自分好きだし、聞きたくもない自分語りになるのが落ちなので聞きたくもありません。本名などのような雑談をした事がないので自分が正しいと思い込める毒父は、毒父自身も私も本名を気に入っていると信じきっているでしょうね。
因みに姉も奇抜ではないけど珍しい名前ですが、姉に名前の由来は聞いたことはありません。もし姉にはちゃんと由来があったら私の扱い雑すぎと余計に悲しくなってしまうので。
本名は本人に合っていればいいけど、かけ離れている場合はかなり残酷だと思います。だからいっそ名前なんて囚人のように番号の方が後腐れないかもしれません。人生が懲役のようなものだし、今でも至る所で番号管理されているんだからそれほどおかしい発想ではないのではと。着実に国全体がディストピア化されてきているので、名前も番号化はあながち笑い話ではないかもしれませんね。