死にたい人に生きろと言う残酷すぎる考え方

うんざり
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今日もうっかり死にたい系のブログやサイトを見続けてしまった…。あまり見すぎはよくないのは分かっていてもつい見てしまいます。そして死にたいと検索すると出てくる生きましょうと言う連呼にうんざり。その他にも人の気も知らないで(当たり前なんですけど)無責任な言葉を浴びかせてくる人たちが多い多い。

 

生きたいと思える環境の日本なら生きろと言うのもまだ分かるけど、こんなに地獄な日本で苦しい思いをしていて生きろって…どれだけ頭がお花畑なのかそれとも自分も本当は死にたいのに逃げ得は許さないと言うことなのか…。本当に心配していってくれる心優しい人もいるんでしょうけど、お綺麗ごとが大嫌いになってしまった私には何も響かず、ああまたこの言葉か…とうんざりです。

 

ここでは死に体系を探している中、励まされると推奨はされているけどどん底には響かないどころか更に追い詰めて不愉快に思ってしまった言葉を書いていきたいと思います。

 

引用元:PIRO4DによるPixabayからの画像

 

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「生きろ」は生きるための場所と手段を提供できる余裕のある人たちだけが言える

死にたいがNGと分かってて言うって相当死に近い状態です。頻繁に死にたいと言う人は死なないと言いますが、死にたいと言っても言わなくても前日まで変わらない状態だとしても自殺する人はするんですよ。人の心なんて他人に何か分かる訳ないんだから。だからその人の苦悩を分かりもせず、しかも言葉だけの生きろは苦しんででも寿命が尽きるまで生きろと追い打ちをかけているようなものです。

 

確かに死にたいと言われたら動揺するでしょうが、それにしてもバカの一つ覚えで生きることが何よりいいことだと信じきっている人達にサラッと言われたくありません。善人面してとどめを刺したようなものです。

 

それに生きろと言われて、そうだね~じゃぁ生きてみようと生きることに考えは傾いたとしても、実際に死にたい原因を取り除けるのでしょうか?原因がお金だったら生活費をくれるのでしょうか?孤独で寂し医だったらいつも寄り添ってくれるのでしょうか?毒親との同居が辛いのだったら独立費やその後のサポートもしてくれるのでしょうか?

 

できませんよね。それはそうです。そこまでのサポートができる人は余程の力やお金が必要ですから。そして残念なことに権力やお金を持っている人ほど、死を考える人の気持ちが想像もできない人が多いから結局は自分で立ち上がるしかないわけだけど…本人には立ち上がる気力がもう何もないんですよね…。

 

 

死にたいと言うと言われる言葉は追い込む言葉ばかり

毎日のように死にたい系のブログや検索をして我ながら病みきっていると思いますが仕方がないです。リアルで聞けないならネット上の意見を見て自分以外にも同じように悩んでいる人がいると、気休めでも心の安定を図るしかありません。ですが死にたいと言う人たちの中にも言われたくなかった言葉や、私自身体験談やコラムなどでもイラッてくる言葉が定文句のようにあるのでそれらを書いていきます。

 

生きていれば良いことがあるよ

死にたい以外でも生きていたくないな~とかちょっとした不満ぐらいの愚痴でも高確率でくるこの言葉。うん、確かに生きていればいいことがある確率は誰にでもありますよね。嘘ではありません。ですがこの言葉は当然不確実です。

 

良いこととは人それぞれですし、良いこと以上に当然悪いこともあります。更にきついのが私のようにその言葉を信じつづけて自分なりに我慢して頑張っても何もいいことなんかない場合。この絶望は半端ないです。何が生きていればいいことがあるよだよ!地獄が延びただけじゃねーか!!と更に人間と自分不審に拍車をかけることになります。

 

同じように明けない夜はないとか止まない雨はないも入ります。ずっと夜どころか暗黒だよ!や雨が降りっぱなしだよ!!洪水並みだわ!

 

 

人間いつかは死ぬんだから(親の方が先に死ぬんだから)

当たり前じゃんともろに白けた考えで聞くようになってしまいました。そりゃそうですよ。漫画とかでは不老不死を願うキャラとかいますけど、寿命が無駄に長い人間ですら不死の人間はいません

 

ですけどね、その死ぬ時っていつなんでしょうか?そりゃ1年位後に死ねると分かるなら自殺などせずに寿命までギリギリ生きられる、これでお金や毒親から解放される!人生終わらせられる!と嬉しいですよ。

 

でも寿命なんて分かる訳がないじゃないですか。病院の検診で余命宣告受けるしか無し。しかも余命宣告程の病気って意外にあまりなく、直接死には関わらない不調位です。それまでは生き続けろと?もし寿命が90歳とか100歳だったら?あと60年もこの地獄を味わえと?何の罰ゲームですか?そこまで私は酷いことをしたんですかね。まぁ怠惰と低スペックが罪と言うなら確かに大罪ですが(苦笑)。

 

あと毒親相談などでも親が先に死ぬからそれまでの辛抱と言うけど毒親が長生きしたらどうするんでしょうかね。毒親より先に子供が死んでしまうし、仮に毒親が死んだとしてもそれが数年後だと自分も当然歳をとっていてますます体力気力興味関心がなくなっている頃です。若い時ならまだしも高齢になって今更毒親がいなくなってもちっとも嬉しくないです。なんでもっと早くに死んでくれなかったんだろう、今更解放されてももう何もする気力がないと絶望感ばかりでしょう。

 

 

あなたが死んだら悲しむ人がいる

このセリフの嫌いな点は2点。まず自分が死にたいと思えるほどの苦しみを負っているのに完全スルーなところ。苦しみを聞いてほしいのに何で他の人が悲しむという追い打ちを更にかけるのか。苦しいのは私だし、苦しみを助けてくれない人の悲しみまでその状態で背負える余裕などないんですよ。あれですよね、もし自殺されたら悲しむと言う人が自分を責めてしまうからってことで、別に苦しんでいる人を思ってではない、あくまで自分の為ってことでしょう。

 

それにそもそも悲しむ人がいない状態に言われた時には更に絶望…。毒父はむしろ私が死んだ方が喜ぶだろうし、悲しむと言うより自殺なんかしやがって!とかあくまで自分の為に怒るのは十分あるでしょうけど。または無関心で、えっ死ぬほど本当に辛かったんだ?とか数日後にはまぁ忘れているのが落ちです。そんな人たちのために何で生きてずっと苦しまなければいけないのか。そもそも自分の死にたいと言う言葉で悲しむ人たちがいる状態なら、そこまで死にたいと思わないだろうし。綺麗ごとしかないです。悲しむ人がいないなら死んでいいってことですから。

 

 

例え辛い思いを抱えて生きても高齢になって働けなくなったら更に迷惑がられる

自殺は確かに怖いし悔しい面もあるし、もう少し幸せが欲しいと思って踏みとどまり何とか生きたとします。でも結局は生き残る経済力や気力、場所がないと生きるなんて難しいしハードすぎるんですよ。

 

仮に私の場合自業自得もあるけど毒親が自分の生活費すら余分にない、貯金もない、年金頼みなので誰かが入院とかになったら真っ先にお金が必要だけどありません。介護ももし必要になっても外部に頼む気力もなし。なんとか幸運なことにさほど苦労せずに悩みをクリアできたとしても、今度は自分が高齢で色々心身に不安を抱え続けることになります

 

今ですら辛いのに高齢になったらもっと余裕がなくなるのは目に見えています。最悪動けないかもしれませんし、自殺すらできないかも。まぁ寝たきりで病院へずっと行かないならあの世へ逝けるようですが、運が悪いのでその前に発見されて病院へ運ばれてしまうかもしれません。そうなると別に生きていたくないのに更に出費だけが重なり、あの時にやはり死んでおくべきだったと思う気がしてならないんですよね。

 

生きているだけでいいとかもよく聞きますけど、本当に生きているだけでいい人なんて特権階級の人だけですよ。病気や心身のダメージで働けない人で今ですら邪魔もの扱いなのに、更に数年後なんて生活保護費の増大、年金支給なし、日本国自体の借金などで他人から白い目で見られるでしょう。

 

生まれてからずっとお荷物扱いのみじめな気持抱えているから、最期位とっとと早く終わらせた方が建設的だと思っています。だから個人的には本人が死にたいなら(特に中高年以上の世代が思うなら)死なせてやれよと思っています。だって止めた人が責任をとれるわけではないんだから、自分で生きられない時が寿命尽きる時の潮時なんです。だから躍起になって生きることが素晴らしい雰囲気が大嫌いです。

 

 

この世ならではの未練があるならもう少し生きた方がいいと思う

最初に死にたいと思ったのは中学生時代だからもう25年か…確かに楽しいこととか全くない訳ではなかったけど正直めっちゃ幸せ!やっぱり生きていてよかった!というほどではないんですよね。

 

で、なんでとどまったかというと好きで続きが気になる漫画やゲームがあったからということ(人ではないのが私らしいです)とどうしても自殺は痛い辛いのイメージが大きいからしり込みしたからです。好きな漫画やゲームまでは流石にあの世にはないし作者はこの世の人ですからね、この世ならではの楽しみがあるなら辛い思いを抱えているとしてももう少し生きてみた方がいいのかなとは思います

 

でも今ではもうゲームも出来ないし、漫画も次々と連載終了だから、確かに読みたい漫画や続きが気になる作品は少しはあるけどこの世にいたい!と思えるほどではないです。十分面白い作品に出会えたし。

 

 

まとめ

死にたいと言うレベルにも段階があって多分あ~死にたいな~生きていても仕方ないな~でもまだ生きてみようかな~と思える位の方には励みになるかもしれませんし、実際私もここまで拗らせる前は元気が出ることもありました。ですがもう袋小路どうやっても無理、あの世が地獄だろうが関係ない終わらせたいとしか思えない人には逆に追い込んだり絶望する言葉ばかりなんだなと思いました。

 

実際何にも響かない…と書いている方もいますしね…。本当に死にたい人はいないと言うのは分かりますが、ここまで生きるのにハードすぎる環境を全く変わらず逆に悪化している日本で、既に満身創痍の人に効果的な治療をしないでただ声かけだけって虚しすぎるんですよ。だからと支援と称している行政サービスも本当に死ぬ直前の人には利用する気力もないから軽い死にたいレベルの人限定かなと思います。

 

脳内がお花畑の人や生きろと連呼する人が実際に自分が同じ状況になっても、自殺や死にたい方向にいかずにどこまで生きられるか見ものです。だってこれから先今まで弱者を叩いて発散してた外面的には普通レベルの人もどんどん落ちるでしょうから。う~ん、我ながら捻くれたものの考え方。私だってリア充ではなくてももう少し穏やかに生きてきたかったし考えたかったけどもう無理です。リアルで周囲に暗黒な考えを話さないだけ良く自分もってるなと思っています。

 

うんざり 世の中
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