難病の人の悲痛な叫びさえも届かない

うんざり
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今日も一面コロナかと思って新聞を見たらALS患者嘱託殺人の事件が大きく出ていました。

難病の筋委縮性側索硬化症(ALS)の長年の闘病生活が苦痛でずっと安楽死を求めていた50代の女性に医師2人が薬物投与し殺害したとして逮捕されました。

 

※事件についてはこちらを参考に検索してみてください。

ALS嘱託殺人 女性の主治医「言葉もない」「死を無駄にしないで」 | 毎日新聞
 難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性に頼まれ、薬物を投与して殺害したとする嘱託殺人容疑で医師2人が逮捕された事件で、女性の主治医が25日、報道陣に対し「言葉もない」と心情を語った。

 

今回はALS患者嘱託殺人事件を通して安楽死や死生観について私見を書いていきます。基本的に私は今回の事件を特におかしいと思っていませんし少数派を自覚しているので、特に生きることが素晴らしい!と信じている方は不快になる可能性が高いので読まない方がいいと思います。

 

引用元:It’s not permitted to sell my photos with StockAgenciesによるPixabayからの画像

 

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8年以上の闘病生活の苦痛を訴え続けた女性

ALSの症状は難病の中では割と知られている難病ではないでしょうか。私も筋肉が少しずつ委縮し動かなくなる症状は知っていましたし。難病になったことがないので女性の気持ちは分かりませんが、闘病の苦痛の想像は出来ます。

 

いきなり自分の身に降りかかった難病、誰かを介して生活する不便さと屈辱と悔しさ、日に日に自分へのしかかる劣等感や理不尽さなど色々な感情が混ざってとても辛かったと思います。そこまで辛い闘病生活を8年以上も必死で続けられましたが、限界が来たのでしょう。

 

女性はツイッターやブログもしていたようで閉ざされた環境からネット世界へせめて自分の苦痛を発信したかったのだと思います。最後の方では安楽死へ魅かれる投稿が徐々に増え、最期に近い頃はもう最期を迎えたい、遺書の書き方など具体的な内容だったようです。

 

そして自分にとっての救済=死と確信し、医師に100万円振り込み最期を迎えました。リアルでは絶対批判浴びるでしょうが、私はこの記事を読んで、ようやく苦痛から解放されたんだね、お疲れ様でした、どうぞ安らかにと思いました。

 

 

安らかに逝きたい願いを頑として受け入れない生讃美者たち

新聞記事や世論では案の定生きる権利の大合唱です。特に同じALS難病の方たち何人かの意見は、残酷なことを言うなぁと思いました。自分もALSと診断されて絶望したけど今生きているからあなたも生きようよ、生きてほしい。はぁ…またこの手の意見かぁと。

 

そりゃあどん底の境遇から立ち直れて今生きていて良かったと思う人もいるでしょう。でもそれが全員に当てはまるとは限らないんですよ。苦痛を我慢できない、自分にとっては十分もう頑張ったからせめて最期は楽にしてほしい、安らかに逝きたいと願うのは当然です。

 

難病に限らず絶望の底にいる時に、自分に近い境遇から脱した人や立ち向かっている人からかけられる励ましを装った言葉がある意味1番残酷なんですよ…。苦痛を知っているはずの人が更に追い詰めている、余計に差を見せつけられて死にたくなります。

 

生を大合唱すればするほど死にたくなる気持ちなんか想像もつかないんでしょうね。難病でも生きたい、生きられると思える社会をつくろうと言う理念は素晴らしいでしょうけど、それまで何十年かかるのか。その間ずっとこの苦痛を耐えろと言うから残酷すぎます。いつか治療薬が出来るまで激痛を耐えてねと言っているようなものです。

 

加害者の医師はブログやツイッター等で挙げていた安楽死肯定派で(本人も自殺願望があったらしい?)、生きていることが苦痛の人には楽に逝かせてあげたいと言う概念は、正直過酷な状況でも生き抜け!いいことがあるからと無責任に言う人よりよほど納得しました。

 

無責任な想像ですが安らかに最期を迎えたい、終わりたいとの願いをお金を払って望みどおり叶えてもらったんだから、他人には加害者でも女性にとっては救世主と思いますよ。生きたい人を死なせたわけではなく、死にたいと切望した人を薬で逝かせたんだから。自殺者を止めた人は表彰されるのに何で死にたい願いを叶えた方が逮捕なのかさっぱり分かりません。

 

難病の人の訴えですら退けられてしまうようでは、目には見えない精神病や、人生に疲れきった人たちの訴えなんてまるで気にかけてもらえないんでしょうね。

 

一見恵まれた境遇の芸能人の自殺も先日ありました。結局気持ちなんて本人にしか分からないのに、なんで他人から生き方も死に方も気持ちさえもとやかく言われて決めつけられなくてはいけないんでしょう…。いつになったら本人の気持ちを尊重してもらえるんでしょうか。

 

 

まとめ

念の為書きますが殺人を肯定している訳ではありません。ですが今回の事件では薬物を投与された女性が最期を迎えたいと何度もずっと訴えていた、面識はないにしろ医者がお金を受け取って業務を果たした点でビジネスと考えればおかしくはないし、私が女性の立場だったらやっと苦痛から解放されるから感謝するなぁと思ったから思ったことそのままに書きました。

 

安楽死条件に死期が迫っていることが含まれる為、今回の女性は難病にかかってはいても死期が迫っていなかったから安楽死を当てはめる訳にはいかないと府警の記述が凄く残酷と思います。死期が迫っていなくてももう十分苦しい、痛いと訴えているのに死期が迫っていないからと終わらせてくれない、まだ我慢し続けて苦しめと言っているようなものですよね。

 

しかも女性の場合はツイッターやブログで何度も訴えていたのに誰にも届かなかった。だから最期を決心したのにそれも否定され、お金を払って死を選びました。挙句には女性が逝ってしまった今でさえも生きる権利の方に重心が置かれてしまっています。

 

正直難病や障がいを持っている方が議員になっても、辛い立場でも生きられるよと生を更に要求して逆に余計に生きることを苦しめているだけのような気がします。辛いことがあったけど自分なりに頑張ってやりきった、ここらで最期を迎えたいと言う願いを叶える方になんで声が上がらないのか…。これだけ人口がいるのに全員が生きたいと思っていると言うのでしょうか?生きる権利を主張するなら同時に自由に死ねる権利もあげるべきだと思います。

 

今回の事件の記事や報道を見ても皆結局は他人事。生きていれば何とかなるよ、良いことあるよ、その時まで頑張れと我慢と苦痛を強いて見下しているだけ。生きている間は放置や無責任なのに最期を迎えた途端、上辺だけのお綺麗な言葉の連呼で余計追い詰めるだけなんだなと更に絶望感が増したし、こんな世の中では死にたくなるよねと女性に問いかけたくなりました。自分で死を選択した方たちが今は安らかに眠っていることを心から願います。

 

うんざり 世の中
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