貴重な収入なのに憂鬱な年金支給日

毒親
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2か月に1回の年金支給日は高齢者や高齢者と同居している人にとって重要な日です。毒父と同居している自分でも高齢者の年金は優遇されていると思ってはいますが、貴重な収入源に間違いありません。

 

その為年金日は生活に必要な額を引き出して色々口座へ入金して引き落としなどに備えています。普通なら待ちに待った年金支給日でありがたいのですが、同時に憂鬱な気持ちにもなる日です。

 

今回は年金支給日の憂鬱な理由について書いていきます。

 

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年金を引き出してからの手間が色々あって疲れる

2か月に1回の年金日のATMはいつもより高齢者の割合が多く高齢者に混ざって列に並びます。年金分から必要分をS銀行から引き出して、Y銀行へ家賃2か月分を入金し、C銀行へ金銭感覚まるでなしの毒父の代わりに毎月少額の貯金分を入金。ここまででATM巡りは終わりです。

 

帰宅してから残りの生活費分の区分けをします。新聞代2回分のうち1回分を集金日に備えて玄関の棚のところに置いておき残りは封筒に。次に4か月に1回の振り込みをする駐車場代も当てはまる月の時には引き出しておいて封筒へ入れておきます。

 

他には毒母が無心していた姉へのお金を毒父の年金から少額だけど返す分を封筒へ。またトイレットペーパーや仏壇へ備える花代などの共通の雑費分は毒父にも払ってもらう為に日用品代も封筒へ入れておきます。

 

必要な生活費分を封筒に分けておいてこれで年金日にやることはようやく終わります。毒母が亡くなってからずっとやっている事なので、メモを見ながらではあるけどなんとか慣れましたが心労負担は未だに大きいです。

 

 

世帯主で威張っている毒父は何も支出関係を知らずに安穏

毒父の年金頼りだから悔しいけどずっと黙ってやっていることだけど、私が居なかったら毒父が自分でやらなければいけないことを一応代行して面倒くさいことをやっている訳です。しかもふんぞり返って元々嫌いな人のやる分をやっているから相当に不満が降り積もりますし、作業内容は全て支出だから嬉しい内容ではありません。

 

毒父の面倒くさいこと丸投げ気質についての記事はこちらです。

分からないと言って平気でいられる毒父
最近はぐっと冷えてきたので暑いのが嫌いな私には過ごしやすい気候になりほっとします。暑さ寒さも彼岸までと言うのは毎年納得です。秋は台風の脅威も絶えずありますが、地元は何とか逸れたものの、家には台風人と言うか魔王が居るので年中休みなく厳重警戒で...

 

姉へ返す分も毒母が勝手に無心していた分を自分が代わりにやっている訳だから余計に辛いです。それに自分も毒母に貸したけど自分の分まで毒父の年金額から引いてしまうと、毒父のいざと言う時の貯金額が減ってしまう為に流石に不安だから姉の分だけで精一杯です。

 

結局自分が毒母に無心された分は毒母が逝ってしまい毒父も俺は関係ないと一点張りの状態なので、貸したと言うよりあげたことになってしまいました。確かに衣食住などの生活面は毒親のおかげではあるけど、それと引き換えに半端ないもやもや感が募ってしまったわけで、普段は心に封じ込めているもやもやが年金日には露わになることがかなりきついです。

 

 

毒母が生存している頃も年金日は精神的に辛かった

工場が閉鎖してからかつかつ生活へ転落してしまい毒父の年金が頼りなので、年金支給日には毒母が朝イチでATMへ並びに行く姿や、お金がないことへの毒母の文句を聞くのも辛かったです。当時は私も働いていたので疲れて帰ってきた頃に愚痴を聞くわけですからね…。

 

けれど今私が年金分を一応管理していますが、病気や事故とかの不意の事態があったらともかく、一応毒父が短時間の勤務で自分の小遣い分は確保しているし、少額でも別口座に年金支給月ごとに貯金はしています。

 

当時は毒父の年金額より大幅に少ないものの毒母の年金分もあったのに、年金支給日に即引き出しして、娘2人まで無心するほど何故困窮していたのか…。どれだけ毒母が浪費してしまっていたのかと思うと、毒父や日々へのストレス等毎日の不満発散は分かるけど、度を越した浪費をしてしまっていた毒母にはどう考えても無責任すぎるとしか思えないし笑い話にできません。

 

残された貯金通帳額を見て愕然。すい臓がん発覚直前は20円しかない残金、その前からもずっと年金支給日即日に年金全額おろしていると言う…どこまで無茶苦茶なお金の使い方をしていたんだよと…。工場閉鎖後でも全く生活ハードルを下げなかったこととなど両親ともにお金の使い方がまるで分かっていないと子供にとっては最大の不幸でしかありませんね。

 

毒母についての記事はこちらです。

毒母のような生き方は理想的
人それぞれいろんな生き方がありますが毒母の生き方は最良と思える生き方かなと思います。毒母はとりあえず結婚と出産をして社会的の普通の立場にもなれたし、お金は使い放題、最期は病死で寿命をまっとうしましたから。仏壇の遺影を見る度にこれほど...

 

 

まとめ

何度も書いていますが大嫌いな毒父の結局は経済力に頼らざるを得ない自分が悔しくてなりません。非正規で働いていた時も結局は毒父の年金より少ない額で悔しかったですしね。

 

複数の銀行のATMを周り支出面の現実に直面せざるを得ない上に、支出関係は全てお任せ状態の毒父の様子を見ると私は一体何をしているんだろう…と虚しくなります。経済力がないと発言権一切ないことを常々痛感です。

 

先日届いた電気代も今年は雨の多い7月で冷房は使わなくて済んだけど、8月と9月上旬はやはり暑かったし、夜中は私の部屋も冷房をつけていたので当然電気代は跳ね上がってしまったけど夏は仕方ないと理解しています。

 

だけどここ最近ぐっと冷え込んだとはいえ、もう朝と夕方に暖房をつけている毒父を見るとあまりに悠長すぎないかとイラッとしてしまいます。暖房をつけるのはコタツ布団を出すなど電気代かからずにできることをやってからじゃないのか…と思うのですが、言っても無駄なので言いません。

 

個人的に暖房の温かさも苦手なので毒父が自室へ行ってから私1人の時にまだついていたら即切りますが、毒父は冷暖房関係の耐性が強いので断然平気なんですよね…。夏も近々冷やしてこっちは冷房で頭痛とか必至なのに、本当毒父は不死身か魔王のようです。現実には魔王を倒す勇者は出てこないし、ただの村人の私が1人で魔王に立ち向かえるわけもなく魔王が改心する訳もないことに気づくのが遅すぎたなぁとひたすら虚しいです。

 

毒親うんざり
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