命の選別なんてとっくにされている

うんざり
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津久井やまゆり園の事件の特集の加害者や被害者の遺族の言葉を新聞で連日目にしました。新聞も詳しくは見なくなってしまったので事件の詳細は避けますが、コメンテーターや評論家などのコメントのひとつに、命が選別されようとしている世の中がありました。この言葉を聞いた途端個人的にとても白けてしまった理由を書いていきたいと思います。

 

引用元:Gerd AltmannによるPixabayからの画像

 

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大事件だから注目しただけで弱者は強者に搾取され続けている

この事件を含めて無差別事件は本当に酷いと思います。どんなに世の中に絶望してもどんなに人を憎んでも、どんなに人が嫌いでも無関係の人を巻き込んでは駄目です。犯人は最後の理性がぶっ飛んでしまったからこそ犯行に及んだのでしょうけど。

 

誰でも狂気はあるしほんの少しのことで凶行に及んでしまうからこそ何らかのストッパーが必要です。なんでこんなことをしたのか…理解に苦しみますとかのたまうコメンテーター達が居ますけど、余程絶対に凶行を起こさない自信があるのでしょう。お綺麗発言と作られた沈痛な表情に鼻で笑ってしまいます。全国ネットのテレビだから迂闊なことは言えないから仕方ないでしょうけど。

 

あまりにも多人数の被害者と加害者の障がい者差別発言の事件なので、多くの人が差別はよくない、酷い、命は大切とか言っていますが、とっくに命の選別なんてされているのに何を今さらのんきなことをと思ってしまいます。

 

苛めやハラスメント被害者、引きこもり、無職、ニート、中高年、精神病者等…。弱者の代名詞を挙げましたが、該当する人たちはまず加害者から圧力を受けた時点で人格を否定されています。更に多くの人は自己肯定感が無くなり人が怖くなって社会から離脱します。離脱している間はいかに加害者が悪くても認定されない限り補償はありません。逆に治療費や通院費などは被害者の自己払いが殆どです。

 

なんとか社会復帰しようとしても大きく立ちはだかる壁が企業のふるいです。空白期間があると即座に不利になり人格を疑われ、療養中に歳を重ねた人は更に年齢でも圧倒的に不利になります。散々面接でツッコまれた挙句にあっさりお祈り書類と言うことはざらです。私も数年の空白期間や数回の転職回数をまるで大罪のように何度もつっこまれました。

 

日本社会では働くことこそ美学で人生の目的とされているので、仕事の多様化とはいってもまだまだ会社などの外で働くことが基本の為、仕事が出来ない=収入がなく生活が苦しくなる。相談機関がいくらあっても相談だけで結局は自分で頑張るか補償を受けられたとしても、今度は世論の酷い暴論で心を病んだ末に自殺に至る場合もあると思います。

 

年間3万人近い自殺者がいても自己責任が主な理由とされているのに、今更のように命が選別され始めるのか?と慌てる方達は、これらの事実はスルーだったのかなと。大事件になったから皆綺麗ごとを言っていますが、多くの人はどうせ加害者と同じように働けないなら働かない社会に貢献できない奴は排除すべきという考えなんでしょうと思っています。

 

 

大事件の後に何かが良くなった試しがなく騒いで忘れるを繰り返すだけ

被害者数が多い事件はニュースでも多く取り上げられやすく、加害者の多くは社会への訴えも入った凶行と思います。今までにも凄惨な事件は何度もあったはずなのに、忘れられた時にまた同じような事件が繰り返され、マスコミたちがその時だけの過熱報道、コメンテーターや評論家や専門家の薄っぺらいコメントを経てまた忘れる…。

 

いくら大事件でもずっと覚えられている事件は稀で何年後かの区切りに特集になって初めて思い出される位です。弱者が起こした事件なら弱者が生きにくい世の中と言うこと。大事件後には弱者が生きやすいように原因となった社会システムを変えなくてはいけないのに、現代は思いきり逆行中。自己責任や甘え迷惑の言葉が横行し、ますます弱者の排除と淘汰の世の中になってしまっています

 

 

人間が存在する限り強者からの弱者への搾取は無くならない

事件を起こすまでに不満や叫びがどんどん降り積もり凶行に及んだトドメは加害者それぞれですが、どんな原因でも結局原因が良くなったことは私の記憶にある限りありません。

 

派遣切りがトドメの事件後に派遣システムのような労働者の使い捨てシステムが良くなったでしょうか?引きこもりなら引きこもったままでも一般並に収入が得られるシステムが確立されたでしょうか?パワハラを起こした企業は倒産とかしたでしょうか?結局何も変わっていませんよね。

 

大人社会がこんなでは子供のいじめが無くなる訳がありません。子供社会は大人社会の鏡ですし、既に大人社会は相当腐りきっているんでしょう。今に始まったことではありませんが。

 

人間に失望や絶望と今までもよく書いていきました。ですが人間は生物の中で最も残酷で恐ろしく、知能が低い生き物と考えるなら、逆に人間に失望すると言う方が間違っているかもしれませんね。今繁栄している人達こそが人間ということなんでしょうから。

 

 

まとめ

人に拗らせ歴ベテラン40代になると多くの人が言うお綺麗ごとが心底嫌になってしまいます。以前嫌いな言葉を記事にしましたが、今回の事件でも奪われた命や身勝手な犯行と多くの方の怒りのコメントを見ました。犯人の凶行は許されることではないし、事件や事故での遺族の悲しみや怒りは当然です。

 

ですが世論は結局加害者と同意見と思っています。記事にも書いたとおり弱者はとっくに社会的選別を受けているからです。生きてはいても実際には社会的選別を受けた時点で生き辛く生きにくくなった末に死に繋がるケースもありますから。

 

日本は見えないものや地味、間接的な物には全く無視です。だから派手で分かりやすいことしか対応せずに水面下こそ重要な問題ばかりなのに放置することを繰り返すのでしょう。いっそ言葉だけの排除や責めだけではなく本当に排除する方が分かりやすくていいかもしれません。ただし排除しつくした後はいよいよ叩きまくった人たちの番ですけどね。

 

うんざり 世の中
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